STUDENTS & TEACHERS いち押し BOOKS
『ありがとう大五郎』 大谷英之写真、大谷淳子文 (新潮文庫1997,5)
何かを訴えかけるように見開かれた猿の瞳、動物好きの人ならそれだけで思わず立ち止まってしまう表紙のこの本は、障害を持って生まれた猿とその猿をひきとった家族の命の記録である。仮死状態で薮の中に転がっていたのを淡路島モンキーセンターに保護され、フジテレビに勤務していた大谷英之さんのもとへふとしたきっかけで引き取られることになった子猿。後肢はつけ根から全くなく、前肢も肘から少しついているだけの障害を持った大五郎は、二・三日しか生きられないといわれながらも、大谷一家のもと、特に母親の淳子さんの愛情を一身に受けて、二年四ヵ月の短い命の火を燃やし続ける。四肢に生まれつきの異常を持つニホンザルが初めて発見されたのは一九五五年のこと。以後発生状況は一九七○年前後の一○年間ほどが最も多く、その後減少し、全国的にはほとんど見られなくなった現在でも、淡路島だけは例外的に発生が続いているという。この四肢奇形の原因は突き止められていないものの、年代的な関係から、可能性として私たち日本人の生活形態が関与しているとも考えられる。輸入食品、農業問題、今私たちがじわじわと感じている環境問題の悪化など、小さな命の記録を通して、日常生活で不足しがちな感性をよみがえさせられ、考えさせられる。新潮文庫の100冊にも選ばれたこの本、是非一読されてみてはいかがでしょうか。(法学部4年 五十嵐美江子)
『異形の王権』 網野善彦著(平凡社イメージ・リーディング叢書 1986.8)
「異類異形」という言葉から何を思い浮かベるでしょうか。なにやらおそろしげな言葉ですが、妖怪や鬼をさすだけでなく、鎌倉時代後期以降人間に対しても覆面、蓬髪、派手な衣裳、柿色の衣、蓑笠や棒をもつ姿などをさしてこう呼んでいました。彼らの姿は中世の絵巻物のなかにたくさん描かれています。放浪の芸能民や下級の僧、狩り人、乞食、非人などの人々です。彼らは室町時代から近世になると差別的な目でみられるようになりますが、鎌倉時代まではかならずしも賎視されてはいなかったと著者はいいます。たしかに絵巻物をみると実にいきいきと自由に活動する姿がみてとれます。いったい日本の中世社会のなかで彼らはどのような存在だったのでしょう。歴史のどの時点で、なぜ差別的に扱われるようになっていったのでしょうか。この本のテーマはここにあります。著者は南北朝の発端となった後醍醐天皇の「異形性」に注目し、それまでの天皇制とまったく違った専制的な王権の性格と実態に迫り、社会的な権威の構造がこの時期に大きな変化をむかえる様相を推理します。編集者だった私が、著者の網野さんが行う絵巻を読み直す研究会に参加し、彼の成果を一冊にまとめたもので、私にとっても思い出の深い本です。ぜひご一読ください。(文化学部講師 石塚純一)